本のテーマ
運動は人間の幸福に如何に貢献するか
本の目次
はじめに
運動で「人生の満足度」が高まる
脳は、運動する人に「報酬」をくれる
「人間らしさ」とはなにか
第一章 持久力が高揚感をもたらす
うつ病や心臓病にならない民族
人間は、生まれつき「持久系アスリート」
なぜ「ランナーズハイ」が起こるのか?
20分の「ややきつい運動」でハイになる
脳卒中からの回復
「諦めなくなる」という副次効果
「最低の気分」を味わう実験
「人付き合いへの不安」を緩和する
「分かち合う集団」が生き残る
ランニングと社会事業を組み合わせた「グッドジム」
運動が孤独を防ぐ
第二章 夢中になる
運動そのものが麻薬?
運動嫌いでも「6週間」で夢中になる
最初の一歩を踏み出すこと
プレジャー・グロス
「条件刺激」で運動欲求が高まる
持久系アスリートには、元依存症患者が多い
「うつ病の治療法」としての運動
運度を楽しむための進化
「運動好き」は遺伝なのか?
週3回×6週間の運動で、不安が軽減
「運動している脳」と「恋する脳」
第三章 集団的な喜び
集団的な喜びと「シンクロニー」
エンドルフィンとヨガ
自己と他者がひとつになる感覚
集団的自己は「パーソナルスペース」広げる
「社会的グルーミング」助け合い
テクノロジーは、人間の代わりになるか?
アバター相手でも「エンドルフィン」は分泌される
「集団運動・行動による絆の形成」
災害と「我々」の主体感
体は「同調」するようにできている
「単純動作の繰り返し」で喜びが増す
第四章 音楽に身をまかせる
音楽の「強壮剤」効果
「パワーソング」で底力を引き出す
パワーソングの選び方
音楽は団結力を高める
喜びの音楽は、世界共通
パーキンソン病患者のためのダンス・プログラム
脳の「ミラーニューロン系」の活性化
好きな音楽は忘れない
「原始的な本能」を呼び覚ます
第五章 困難を乗り越える
地球上でもっとも過酷なイベント
挑戦するか、諦めるか
困難を前に、人は協力する
助けてもらう練習
「動きの質」で自己認識が変わる
「どうせ私なんて」を覆す
障害のある人専門のトレーニングジム
「目的なき希望は長続きしない」
「希望」が脳に与える影響
「共感」が自分の可能性を広げる
第六章 いまを大切に生きる
グリーン・エクササイズの効果
「安静時の脳」で起こっていること
DMNのネガティブ・バイアス
「いま、この瞬間」への意識
もうひとつのデフォルト状態
「自然との一体感」がもたらす力
現代人は「自然欠乏症候群」
生まれた土壌にふたたび根を下ろすとき
助け合い、支え合う気持ち
緑地が、人と人をつなげる
ボランティア活動が「ストレスホルモン」を減らす
第七章 ともに耐え抜く
苦しみのなかに意味を見出す
ウルトラマラソンが与える強烈な喜び
苦痛とともに前進する
耐久レースを走る意味
約480キロのウルトラマラソン
持久力が、レジリエンスを生む
メンタルヘルスへの強力な効果
「自分という人間」の本質を知る
世間のプレッシャーからの解放
やりとげる経験
五輪史上、もっとも感動を呼んだシーン
耐久レースは、ひとりではゴールできない
極限状況で「人に頼ってもいい」と気づく
おわりに
情報源について
謝辞
訳者あとがき
『スタンフォード式人生を変える運動の科学』おすすめの読者
・うつ病の人。
・言いようのない不安感にさいなまれている人。
・運動がいいのはわかっているがなかなか実行できない人。
・人生を変えたいけれど一歩踏み出せない人。
・孤独感を感じている人。
・自分を変えて人生を変えたい人。
・有意義な人生を送りたい人。
グリーンエクササイズの効果
心理学では、自然の中でおこなう運動をグリーン・エクササイズと呼びます。
5分でも屋外で運動すると、気分が明るく、楽観的になり、日常生活の悩み事から離れて、
生命のつながりを強く感じるようになります。
緑豊かな環境にいるだけでも、自分の生き方を見つめられるようになります。
美しい自然の中で過ごしたひと時を思い出すだけでも同様の心理的効果があります。
グリーンエクササイズによる高精神作用は即効性があります。
内因性カンナビノイドやエンドルフィンなど、脳内化学物質は急激に分泌されないので、
脳内化学物質が原因とは考えにくい。
自然の中にいると脳内でなんらかのスイッチが入って心の状態が切り替わるといえます。
内因性カンナビノイド、エンドルフィン関連記事
デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)
覚醒時における人間の脳のベースライン状態を指します。
問題を解いたり、暗記したり、写真を見せて感情を読ませたり、特定のタスクを処理していない
ときの状態。
なにもしていないとき、脳の状態を分析したところ、驚くべきことに、記憶、言語、感情、
心的イメージ、推論など多くの部位が活性化していました。
そして、この現象はすべての人に共通してみられました。
人間の脳はタスクをこなしていないときでも、想像上の会話をしたり、過去の経験をなぞったり、
将来を考えたり休まることがありません。
DMNのマイナス面
脳のデフォルト状態は、頭の中で会話や心的イメージが浮かんでくることで自分がさまざまな
嗜好や願望や悩みを持つ一個人として存在していることを確認する重要な役割があります。
後期アルツハイマー型認知症では、神経原繊維変化により、DMNの中枢機能が破壊され、
機能不全に陥っています。
デフォルト状態にはマイナス面があります。
大抵、脳のデフォルト状態にはネガティブ・バイアスが存在します。
過去のつらい経験を何回も想起したり、自分や他人を批判したり、心配すべき理由を訳もなく
正当化しようと躍起になります。
通常、会話や映画や仕事や勉強など、なにかに集中しているときは、DMNは活動を停止し、
脳が意識を外側に向ける状態になります。
これに対して、うつ病や不安症の人は、この切り替えが不完全です。
DMNが活性化してデフォルト状態のままになるので、なにかに集中したり、他の人に注意を
向けたりするのが困難になります。また不眠症に陥ることもあります。
さらに、脳の報酬系は記憶や不安や自分についての思考に関連するDMNの機能と非常に
つながりやい関係にあります。
起こりもしない不安や自己批判を繰り返しているうちに、脳の報酬系がもっとくよくよ考えると、
なにかいいことがあるぞと煽ってきます。
デフォルト状態を鎮静化させる効果的な方法の一つが瞑想です。
イスラエル、ワイツマン科学研究所の事例。
64歳、2万時間瞑想を実践してきた達人のさまざまな意識状態を脳スキャン検査したところ、
DMNは活動していないことが判明。
グリーンエクササイズも瞑想と同じような効果を期待できる。
スタンフォード大学の研究。
実験の参加者は90分のウォーキングを実施。
一つのグループは丘陵にある景色のよいトレイルを歩いた。
もう一つのグループはひときは交通量の多い道路を歩いた。
景色のよいトレイルをウォーキングした参加者たちは不安が緩和し、くよくよしなくなったと
感じた。
一方、交通量の多い市街地でウォーキングした人たちにそのような傾向はみられなかった。
自然を感じる道をウォーキングした後の脳画像を見ると、自己批判・悲観・反芻と関係がある
脳梁膝下野の活動が低下していました。うつ病の人は、この領域が安静時においても活発である
ことがわかっています。
「今この瞬間」
写真家のアンドリュー・フセッタ・ピーターズは回想録の中で川や湖や滝で泳いでいるときは、
重度のうつ病による「思考の拷問」から解放されたと述べています。
人は自然に囲まれて夢中になっているときは、「今、この瞬間」に意識が集中して言語・記憶に
関する脳システムが非活性化します。一方、感覚情報を処理する領域は活性化し、五感が鋭く
なり、頭のなかの自己嫌悪や反芻などの雑音は消えてしまいます。不安症・うつ病・反芻で
苦しんでいる人たちは、DMNにより頭のなかの声や、繰り返される言葉に疲弊しているので、
今に集中するモードは精神的に大きな安定をもたらします。
美しい自然からの刺激により五感が冴えて、意識が外側に向けられるので言葉の攻撃が
停止します。
これにより世界に対する関心が高まり、好奇心や感謝の念が湧いてきます。
マインドフルネスでは、知覚認識をこのような状態に持っていきます。マインドフルネスの
トレーニングにより、人の脳は安静状態においても反芻を停止することができ、「今この瞬間」に
意識を変えられることが脳画像研究により確認されています。
病んだ心を回復させることが可能になります。
デフォルト・モードは異なる二つの状態があると考えられます。
①心がさまよい、内省、反芻する通常のネガティブ気味社会的認知モード
②自然と触れ合うことで現れる別のモード
もう一つのデフォルト・モード・ネットワーク
自分たちが置かれた状況によりどちらのモードになるか決定されると思われます。
自然とかけ離れた生活、屋内で過ごす時間が多く、SNSに多くの時間を割いていると
脳は社会的認知モードオンリーになり、反芻で頭のなかがいっぱいになります。
自然に帰ることで、様々なしがらみ、社会的役割、他人との関係性などから定義された自分から
解放され自由になった自分を発見可能です。
「今この瞬間」に集中することで無限の可能性を秘めた祝福された世界に心を開いていくことが
できます。
自然がもたらす力
アメリカでは18%の人が自然のなかでスピリチュアルな体験をしたと語っています。
・大きな存在との一体感。
・自然との一体感。
・心が愛情で満たされる。
・深い調和。
自然環境にはプロスペクトと呼ばれる感情をもたらす効果があります。
プロスペクトは、自然の美しさや、畏怖を覚えるほどの風景に触れて心に湧いてくる、
明るい見通しや希望のこと。
安全な場所で守られているという避難所の感覚。
州立公園に行った人々の日誌を分析したところ、もっともよく使用された言葉は愛、人生、時間、
世界、神でした。
心理学者のホリー=アン・パスモアとアンドリュー・ハウエルは、自然のなかに身を置くことの
効用として「私たちは自然とつながることにより、一度の自分の人生を超えて、生命の存在と深く
結びつくことができる」と考察しています。
自然保護区を15分歩いただけで、人生の困難な問題に立ち向かう自信が湧いてきたことが、
確認できた研究結果もあります。
自然欠乏症候群
自然とつながりたいと人間の欲求は、バイオフィリアと呼ばれ生きとし生けるものへの愛を意味し
ます。
生物学者のエドワード・オズボーン・ウィルソンによるとバイオフィリアは人間の本能であり、
人類の幸福に欠かせないとしています。
世界共通で自然と深いつながりを感じている人ほど、人生に対する満足度が高く、活力に満ち、
明確な目的意識を持ち、幸福を感じています。豊かな自然環境に身を置くことが多い人ほど、
自分の人生に価値を感じています。
2万名以上を対象にした研究では、GPS機能を利用して日々の行動と気分の関係を調査した
結果、自然に触れているときに幸福を感じることがわかりました。
アメリカ人のほとんどは、93%の時間を室内で過ごしていて、自然欠乏症候群と呼ばれていま
す。
土いじり
国際宇宙ステーションのクルーたちは極端な自然欠乏症候群に陥ります。
ステーション内の光、空気はすべて人工のものです。
アメリカ人宇宙飛行士ドナルド・ペティは、宇宙ステーションでの長期滞在中に野菜を育てる
ことに挑戦し、野菜の生育に成功しました。
現在、心の健康を守る一手段として宇宙ステーション内でのガーデニングをNASAは推奨して
います。
ドナルド・ベティ宇宙飛行士は「機械や電子機器に囲まれたメタリックな空間に閉じ込められて
生活していると小さな植物の芽が育っているのを見て、自分たちはどこから来たのか、どこに根
があるのかを思い出して、ほっとするのです」と述べています。
土に含まれるバクテリアは、脳の炎症を緩和する効果があります。
土いじりをすることで、爪のすきまに土が入ったり、土を掘ったりした場所で、深呼吸をする
だけで、有益なバクテリアに触れることができます。
人間の免疫システムや脳にとって微生物は重要な存在です。
微生物学では旧友仮説と呼び研究が進められています。
庭いじりをしたり、トレイルを走ったり、自然のなかで深呼吸をすることで、生物の共存共栄の
恩恵を受けることができます。
ボランティアとストレスホルモンと緑地
グリーン・ジムの非公式キャッチフレーズは「目的をもった運動」
「ジムにいって持ち上げる必要のないものを持ち上げたりしないで、週に3時間、私たちと一緒
に活動しませんか?毎回終わったあとは、みんなでやり遂げた活動の成果を見て誇らしい気持ち
になりますよ」と責任者のクレイグ・リスターは説明します。
2016年、グリーン・ジムの全国調査では、定期的にボランティア活動をしている人たちは、
①以前よりも楽観的になった。
②社会に貢献していることの実感が強くなった。
③まわりの人たちとの結びつきが強くなった。
④人生の問題にうまく対処できるようになった。
以上の効果がありました。
これは不毛な土地に、草木を植えて緑豊かに木々が育っているのを眺めた時に、得ることのでき
る満足感・達成感によるものと考えられます。
2017年、ウェストミンスター大学の研究。
グリーン・ジムでのボランティア活動と、起床時コルチゾール反応の関係性を調査。
起床時コルチゾール反応は脳や体を休止状態から活動状態に促す効果があり、人生の目的意識に
関わる生物学的指標とされています。
うつ病の人は、一般に起床時コルチゾール反応が低い可能性があります。
グリーン・ジムで8週間ボランティア活動を続けた人の起床時コルチゾール反応は20%上昇し、
うつ病、不安症の改善が認められました。
地域社会の緑地化は、貢献度が目に見えるので、役に立っていることを実感できやすくなります。
インドのデリー、イギリスのロンドン、アメリカのウィスコンシン州ミルウォーキーを対象とし
た研究では、緑地の多い地域に移り住むことで、精神的苦痛がやわらぎました。
ペンシルベニア園芸協会が、フィラデルフィア市内の200以上もの空き地を整備し緑地化した
ところ、近隣住民のうつ病発生率は42%も減少しました。
緑地は、帰属意識や信頼や友情、助け合いといった社会的ネットワーク、人と人をつなげる絆を
形成する市民社会資本を増やす効果があります。
エドワード・オズボーンズ・ウィルソンは自然を愛する気持ちや鳥のさえずりに聞き入るといっ
たことだけがバイオフィリアではなく、生きがい、成長欲求、困難を乗り越えようとする本来の
人間性も含まれると考えています。
まとめ
当記事は「第六章 今を大切に生きる」を要約させていただきました。
『スタンフォード式人生を変える運動の科学』は、体を動かすことの素晴らしを科学的根拠
をもとに述べています。
運動は健康によいといった範囲にとどまらず、心理的・社会的効用にも様々な角度から言及して
います。
身体能力、健康状態とは関係なく、慢性病、身体障害のある人、脳卒中で倒れた人、
パーキンソン病の人々、体と心に深刻な病気を抱えている人、ホスピスケアの患者さんなど
およそすべての方々に効果があります。
また、自然のなかで体を動かすことで、明るく楽観的になり人生に対して前向きになれます。
自然回帰は人間の本能であり、室外で過ごす時間を定期的に確保することで、意識が外側に
開かれ、ネガティブ思考にはまってしまうことを防げます。
公園や空き地の手入れをおこなう地域緑地化ボランティア活動は、コミュニティの形成、
地域住民の精神衛生に貢献していることがわかっています。
希望、やりがい、愛、人びとの絆など人間本来の喜びは、健康状態や体力ではなく、
なにより体を動かすことで得ることができます。
著者は、神経科学、古生物学、音楽学などの論文、人類学、心理学、生理学の学者との対話、
アスリートや運動の専門家に対する取材、ジムやダンススタジオや、公園から航空母艦まで
ひとびとが体を動かすさまざまな場所でのフィールドワークを通じて「幸福と運動」の深い
関係性の解明を試みています。
著者プロフィール
スタンフォード大学の心理学者。
ボストン大学で心理学、マスコミュニケーションを学び、スタンフォード大学で博士号
(健康心理学)を取得。
心理学、神経科学、医学などの最新の知見を用いて、人々の心身の健康や幸福、成功、
人間関係の向上に役立つ実践的な戦略を提供する「サイエンス・ヘルプ」のリーダーとして、
世界的に注目を集める。メディアでも広く取りあげられ、「フォーブス」の「人びとを
もっともインスパイアする女性20人」に選ばれている。
TEDプレゼンテーション「ストレスと友達になる方法」は2200万回超の再生回数を
記録。
著書は28カ国で刊行され累計80万部のベストセラーとなった『スタンフォードの自分を
変える教室』、『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』(ともに大和書房)など
がある。
大学での講義や国内外での講演活動のほか、心身相関を重んじる立場から、ダンス、ヨガ、
グループエクササイズの指導を長年行っている。
出版情報
著者 ケリー・マクゴニガル
発行日 2020年4月30日
発行所 大和書房
定価 1600円+税
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